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      <title>プチ知恵袋</title>
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      <description>憧れの地や国の疑問</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>豆知識（くるま編）　その１</title>
         <description>○エンジンブレーキ

よく山道の下りにさしかかると、エンジンブレーキ使用という看板を見かける。

ペダルを踏むとフートブレーキに対してエンジンの回転で減速するので、エンジンブレーキという。

エンジンはアクセルペダルを離すとアイドリングに戻ってしまう。

当然走っている車のエンジン回転数より低回転なので、逆にエンジンがタイヤからまわされるようになります。

使い方は簡単で、現在使っているギヤを一段落としてやるだけで効果は出てくる。

つまり4速で走っていたなら3速に入れてやればよいのです。

あまり低速ギヤを使うと、エンジンが無理にまわされて壊れてしまいます。
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         <pubDate>Mon, 16 Aug 2010 12:26:01 +0900</pubDate>
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         <title>懐かしい！・・・その５</title>
         <description>★タイム・カプセル
イデオロギー闘争の結果、五〇〇〇年後に世界が崩壊しようとも、タイム・カプセルを引き上げることで、文明・文化は復活するだろう。

その文明・文化とはアメリカのものになる。

アメリカの文明・文化が世界を被うという・・・。

つまり、タイム・カプセルは文明・文化の遺伝子として埋め込まれたのです。

ちょっと素敵だな～なんて思いました。

文明・文化とはアメリカのものになる、としても、ロマンがありますよね。
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         <pubDate>Tue, 10 Aug 2010 13:56:04 +0900</pubDate>
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         <title>懐かしい！・・・その４</title>
         <description>★タイム・カプセル
一九三〇年代は世界中がファシズム、共産主義、資本主義のイデオロギー闘争に巻き込まれていった時代です。

それぞれのイデオロギーと国家が、自らの未来こそがもっとも幸福な社会を実現するのだということを宣伝していくことになります。

したがって、それぞれが未来のイメージを描いて見せたのです。

そうした状況の中で、アメリカが自らのユートピアを具体的に示すことを目的に開催したのがニューヨーク万博でした。

この博覧会の科学ディレクターのジェラルド・ウェンズは、タイム・カプセルを埋めたことについて、五〇〇〇年後には「文明が崩壊していても、テクストとしてのカプセルによって再建されよう」と述べています。
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         <pubDate>Sun, 18 Jul 2010 13:55:51 +0900</pubDate>
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         <title>懐かしい！・・・その３</title>
         <description>★タイム・カプセル
カプセルの中には、歯ブラシや、キューピー人形、キャメルの煙草など三五の日用品、鉄や合金やテキスタイルなどの見本、音楽や芸術に関する二万三〇〇〇ページ分のテクストのマイクロフィルム、三巻分のニュース・フィルム。

映画プロジェクターとその他の機械の作り方に関する説明、そして未来に向けて書かれた八〇〇ポンドの手紙が納められたそうです。

カプセルの開封が五〇〇〇年後となれば、カプセルが埋められたことが忘れられてしまいます。

そこで、ウェスティングハウス社は、このカプセルについて記述した『タイム・カプセルに関する記録』という本を三六五〇冊つくり、図書館、博物館、修道院、ラマ僧院、寺院、そのほか世界中の倉庫に送り、保管しました。
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         <pubDate>Wed, 07 Jul 2010 13:55:39 +0900</pubDate>
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         <title>懐かしい！・・・その２</title>
         <description>★タイム・カプセル
カプセルのシャフトには博覧会の最終の週の一九四〇年九月二三日の刻印がつけられています。

このカプセルの開封は五〇〇〇年後の六九三九年とされました。

このカプセルはH・G・ウェルズの小説『タイムマシン』からヒントを得たものであると言われています。

カプセルは長さが七・五フィート、直径約八インチの大きさで、魚雷のような形状にデザインされています。

カプセルを沈めた地下堂は耐熱ガラスのパイレックスで被われ、不活性窒素で満たされました。
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         <link>http://yoursitenow.net/2010/06/post_23.html</link>
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         <pubDate>Tue, 15 Jun 2010 13:55:26 +0900</pubDate>
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         <title>懐かしい！・・・その１</title>
         <description>★タイム・カプセル
明治期にわたしたちが西洋の文化に影響を受けたときに、その要因となったのは西洋の言語そのものであるよりは、西洋のものとデザインによってであったはずです。

ものとデザインは文字どおりの言語と同じほどに、言語的な力を持っています。

ものを文化的情報として保存しておく装置としてタイム・カプセルというのがあります。

世界で最初のタイム・カプセルは、一九三九年に開催されたニューヨークの博覧会の時に埋められました。

家電メーカーのウェスティングハウス社のパビリオンの建設の着工の年に、タイム・カプセルが埋め込まれたそうです。
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         <pubDate>Fri, 04 Jun 2010 13:55:09 +0900</pubDate>
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         <title>フィリピン･･･国名の由来２</title>
         <description>フィリピンを苦労して手に入れたスペインだが、1901年、米西戦争で敗れたスペインは、フィリピンをアメリカに売却することになる。

その後、フィリピンでは独立運動が盛り上がり、太平洋戦争の時期、日本に占領されたのち、1946年に独立を果した。

もともと、スペインに長く統治された経緯から、フィリピンにはアジアでは例外的にカトリックが多い。

フィリピンの首都はマニラだが、この名は現地語のタガログ語に語源がある。「藍の原料となる草」を意味するnilaの前に「ある」の意味のmaiがついたマイニラが縮まって、Manilaとなったという。</description>
         <link>http://yoursitenow.net/2010/05/post_21.html</link>
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         <pubDate>Fri, 14 May 2010 15:13:34 +0900</pubDate>
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         <title>フィリピン･･･国名の由来</title>
         <description>フィリピンという地名は、当時のスペイン皇太子のちのフェリペニ世の名に由来する。

名づけ親は、当時のスペインのメキシコ総督のヴィラロボス。16世紀、現在のフィリピン周辺では、スペインとポルトガルの勢力が拮抗しており、紛争が絶えなかった。

その時期、ヴィラロボスは艦隊を率いてこの地を訪れ、この地域一帯をフィリピンと名づけた。
フェリペニ世は、世界史の教科書にもたびたび登場するスペイン全盛時代の王だ。

こうして、スペインは苦労してフィリピンを手に入れた。</description>
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         <pubDate>Tue, 04 May 2010 15:13:11 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>どうして中国に時差がないのか?3</title>
         <description>人ロ密度が違うので、人ロが集中している東側沿岸部を基準にしているのだ。また、西域に住んでいる人々に、発言権の小さい少数民族が多いことも関係していそうだ。

ちなみに、日本の東端は、東京都の南鳥島で、東経153度59分11秒。西端は、沖縄県八重山列島の与那国島の西崎で、東経122度56分01秒。
経度差は30度以上で、東と西の端で2時間以上の時差がある。

ただ、東西のおおむね真ん中の東経135度線が通る明石市(兵庫県)を標準時としているので、さほど不便に思う人はいないようだ。</description>
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         <pubDate>Wed, 14 Apr 2010 15:12:31 +0900</pubDate>
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         <title>どうして中国に時差がないのか?2</title>
         <description>アメリカも、ロシアほどではないが、本土だけでも四つの時間帯を設けている。

ただし、例外もある。中国だ。中国国土の経度差は60度以上もあり、単純に考えれば四つの時間帯があってもいいのだが、なんと中国は一つで押し通しているのである。

しかも、中国時間の基準とされているのは、北京や上海近くを通る東経120度線。
だから、北京や上海では、時刻と生活時間が合っているのだが、西域ではお昼のニュースを早朝に見るという事態になっている。

せめて「東西の真ん中を基準にすれば」と思うが、中国の場合、東と西では極端に人ロ密度が違う。</description>
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         <pubDate>Sun, 04 Apr 2010 15:12:07 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>どうして中国に時差がないのか?</title>
         <description>日本国内では時差はないが、東西に広い国土をもつ国では複数の時間帯を用いている。
そうしないと、時刻と実際の生活時間が合わなくなるからだ。

世界一東西に広い国は、むろんロシア。
なんと、その経度差は170度、地球の約半周分もある。
極東地域に住む人たちが朝食を食べているとき、ヨーロッパに近い地域では前の日の夕食を食べているというわけだ。

これだけ、生活時間に差があると、日本のように一つの時間帯というわけにはいかない。そこで、ロシアでは11もの時間帯を設けている。</description>
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         <pubDate>Wed, 31 Mar 2010 15:11:17 +0900</pubDate>
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         <title>チェコ共和国の出会い方</title>
         <description>チェコの人達も最近は出会いを探す方法としてインターネットを使う人が増えてきているそうです。
男女に出会いの機会を提供する沢山のサイトがありますが、
最も大きいサイトの一つに　www.seznamka.czという出会いを提供する　サイトがあって、そのサイトによると、毎日1100の新しい個人広告やそれらに対して6000もの新しい返事があるらしいです。

また別のサイトでrande.czでは10万人のユーザーがいて、累計登録数25万人近くになるほど規模が大きくなっているそうです。

ここでチェコの人口1,021.6万人（2004年9月現在）ですから
1千万ちょっとでネットに100万人以上がアクセスしているとしたらそれはすごいことです。
出会い系利用率高っ。

出会い系サイトに悪いイメージを持たせずクリーンなままもっと国民に浸透すればもっと利用する人が増えるでしょうね。
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         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 21:33:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ヘプ</title>
         <description><![CDATA[ヘプ（Cheb）はチェコの町。ドイツ語ではエーガー、エゲル（Eger）。「ケプ」とも呼ばれる。
ドイツ国境に近い。

<a href="http://yoursitenow.net/images/322624636.JPG"><img alt="322624636.JPG" src="http://yoursitenow.net/images/322624636-thumb.JPG" width="350" height="273" /></a>

観光場所として 
* ヘプ城跡
12世紀に建てられた城だが、ほとんどその原形をとどめていない。
* ヘプ博物館
ヴァレンシュタインについての展示など。
* ファインアート美術館
* 聖ミクラーシュ教会
* シュパリーチェク
ゴシック様式の建造物。近世にはユダヤ商人の店となっていた。
* イジー・ポジェブラド王広場などがある。

屋根にたくさん小窓があるのがいいですね。



]]></description>
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         <pubDate>Thu, 28 Jan 2010 21:02:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ブジェゾヴァー</title>
         <description><![CDATA[チェコ共和国カルロヴィ・ヴァリ郡にあり、テプラー川 に跨る人口500人の町。

<a href="http://yoursitenow.net/images/542646546.gif"><img alt="542646546.gif" src="http://yoursitenow.net/images/542646546-thumb.gif" width="370" height="236" /></a>

1710年マイセンで行われたのがヨーロッパ初の陶器生産であり、ボヘミアのドイツ人・チェコ人にもすぐに波及したが、西ボヘミアには豊かな陶土層が発見されたため、18世紀半ばからカルロヴィ・ヴァリ周辺に多くの工場が集中して建てられた。

ピルケンハンマー（ブジェゾヴァー）はホドフと並び、カルロヴィ・ヴァリ周辺で最も有名な産地。
今日でも、非常に品質が高く、手による装飾を施した陶器は世界各国に輸出されている。

ブジェゾヴァーというのは「白樺」という意味なので、スラブ語圏にはよくある地名。

画像のピルケンハンマーは高そう。高級感がある。
]]></description>
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         <pubDate>Mon, 28 Dec 2009 21:26:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>シレジア</title>
         <description>現在のポーランド南西部からチェコ北東部（プロイセン王国時代の行政区画も含めればドイツ東部のごく一部も）に属する地域の歴史的名称。

チェコ・ドイツ間に残る問題として戦争直後のドイツ人追放に発令された「ベネシュ布告」がいまだに有効であり、その内容の変更をチェコ国会が一切拒否していることもあって、ドイツ系のシレジア元住民とチェコ共和国との間に現在でもさまざまな問題が残されている。

シレジアはヨーロッパの各地方のうちでも特に複雑な歴史を持っている。

相当ややこしいですね。
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         <pubDate>Thu, 26 Nov 2009 18:20:19 +0900</pubDate>
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